自分を辞める
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第3章

「今回だけ……」

最初の一歩は、どうして積み上げたものすべてを崩していくのか。

読了の目安:約6分

テーブルの上の箱

カリームがたばこをやめたのは二年前、十六歳のときでした。自分との約束でいちばん長く守れたもの。そして、どのリストにも書かなかった唯一の約束でした。どれだけ大変だったかは、誰にも話していません。何週間もいらいらし、どのポケットにもガムを入れていました。一つの言葉を覚え、ひとりでに出てくるまで繰り返しました。僕はたばこを吸わない。友達といても、夜の集まりでも。

大学が始まって一か月後、寮の若者三人が部屋のドアをたたきました。近くのカフェで夜のトランプをするところで、四人目が足りないのです。カリームは言いました。「一時間で帰るよ」。カフェのテーブルの端には、開いたたばこの箱がありました。カリームはそれからいちばん遠い椅子に座りました。一人がカードを配り、お茶のグラスが運ばれてきました。

一時間が過ぎ、二時間目も過ぎました。カリームは二回負けました。寮に来てから、これほど笑ったことはありませんでした。三回目、隣の若者がテーブルの端から箱を引き寄せ、自分の一本を出してから、箱を差し出しました。「一本どう?」。見慣れない箱ではありませんでした。色も知っています。火をつける前にたばこをとんとんとたたく動きも。二年間のことを考えました。その間に吸いたい気持ちは消えた、一本で呼び覚まされるはずはないと思いました。

「今回だけ」と言いました。若者が箱を振ると、一本が突き出ました。カリームはそれを取りました。

カリームは火をつけました。本当においしいと感じました。一週間後、別の夜の集まりで、同じ言葉を言いました。「今回だけ」。一か月後には一箱買い、また一箱買いました。箱は同じ引き出しの、まだ開けていない封筒の上に隠しました。スマートフォンに書きました。これ以上は買わない。翌晩、ペンを取ろうと引き出しを開けると、最初に箱が目に入りました。

同室の学生が聞きました。「吸うようになったの?」。「夜の集まりだけだよ」。でも、その夜、箱は机の上にありました。部屋に集まりはありません。引き出しに戻しました。朝、昔の言葉を思い出しました。そこに「だけ」という言葉はありませんでした。

あなたの例外は、たばこではないかもしれません。

テーブルの上にスマートフォン。もうすぐ夜中の十二時です。

今週は早く寝ると決め、五晩続けてうまくいきました。今夜は、メッセージを確かめるためか、短い動画を見るために、一つだけアプリを開きます。「五分だけ」。

顔を上げると、午前二時。眠りは遠のいています。ちょうど五晩前と同じように。

五分は、決して五分ではありませんでした。前にも通った道への、最初の一歩でした。

朝になって払う代償は、動画を見たことだけにとどまりません。起きるのが遅くなり、朝食を抜き、頭がぼんやりしたまま仕事に入ります。メッセージを二回読んでも、何を求められたかに気づきません。帰宅すると、一緒に夜更かしをしたわけでも、あなたの代わりに選んだわけでもない人に、腹を立てやすくなります。家族と過ごす時間があったのに、疲れたから先に延ばしてほしいと頼みます。「今回だけ」は、手の中の画面を出て、一日全体へ、そしてその決断に関わっていない人たちへと広がったのです。あの夜の代償は、睡眠時間を失うだけでは済まないのです。

例外は、返すと約束したお金から使ってしまう、少額のお金かもしれません。「期限までに埋め合わせよう」と言います。でも期限が来ると先延ばしにし、貸してくれた人は、返してほしいともう一度言わなければなりません。金額は小さくても、二人の関係に重い会話を背負わせました。つまずいたら必ず道が終わるわけではありません。危険なのは、そのつど「だけ」という言葉の下に勘定を隠すことです。そのあと何が起きたかを見てください。何が遅れましたか。誰が待ちましたか。どの約束が、前より信じにくくなりましたか。自分に例外を許しているときには見えない請求書です。

では、「五分だけ」と午前二時のあいだで、何が起きているのでしょう。

「もうだめにしてしまったのだから、どうなっても同じだ」

食事制限や習慣をやめることを試した人なら、この内なる声を知っています。最初の小さな後退のあと、ささやきます。「もうだめにしてしまったのだから、どうなっても同じだ。続けてしまえ」

研究者で講師のケリー・マクゴニガルは、このパターンを著書スタンフォードの自分を変える教室 (2011)1で説明しています。最初の例外が、直接あなたの決意を壊すわけではありません。でも、小さな扉を開きます。

研究者のジョージ・エインズリーは、自分のルールを二種類に分けています2。一つは、場面ごとに交渉できる柔軟なルール。「夜の集まりでは、ときどき吸おう」などです。もう一つは、境界が明確で、そのたびに新しい決断を必要としないルール。「たばこは吸わない。それだけ」などです。

柔軟なルールは、そのつど議論の対象になります。たいていは、それだけで守れなくなります。誘惑そのものが始まる前にです。

次のルールをつくる前例

一本のたばこが、一か月でどうして一箱になるのでしょう。

例外はどれも、それ自体より大きな跡を残すからです。次回、頭が正当化のために持ち出す前例になります。

研究者のダイアン・ヴォーンは、安全基準を厳しく監視する大きな組織で、似たパターンを観察しました。ルールから少し外れても、目に見える害が起きない。すると、それは静かに「許容できるもの」に分類し直されます。そして、少しだけ大きい次の逸脱を測る基準になるのです3。

三回目には二回目ほど正当化がいりません。四回目には、ほとんど正当化がいりません。

最初の一本に火をつけるときや、「五分だけ」とアプリを開くとき、見えていないのはここです。今回だけについて決めているのではありません。これからの同じような場面すべてについて決めています。

「私はしない」は「私にはできない」より持ちこたえる

試してみる価値のある、小さな言葉の違いがあります。

一連の小規模な実験で、研究者のヴァネッサ・パトリックとヘンリック・ハグトヴェットは、誘惑に直面する参加者に、短い言葉を自分に繰り返すよう求めました。一部は「私にはできない」、一部は「私はしない」です。

目標が本人から生まれたものであるとき、「私はしない」という言い方は「私にはできない」より、誘惑に耐える助けになりました。実験で目標への外からの動機が強調されたときには、優劣が逆転しました4。

「私にはできない」は、外から課された制約を表します。そのような制約があると、頭はすぐに交渉を始めようとします。

「私はしない」は、自分で選んだ自分のあり方を表します。逃れる機会を待つ制約ではありません。

二つの文を比べてください。一つ目は、「これは食べられない。ダイエット中だから」。二つ目は、「私は日が沈んだあとに甘いものを食べない」。

チョークの線

境界の明確なルールは、自分でつくる道具です。一部の人が生まれつき持つ才能ではありません。では、自分の線をどう引くのでしょう。

こんな厳しいルールは、現実に対して融通が利かなすぎるのではないでしょうか。問題は柔軟さそのものではなく、いつそれを決めるかです。依存を伴わない普段の行動で、あらかじめ決めた例外なら、境界は明確なままです。「十時以降はスマートフォンを使わない。ただし家族からの必要な連絡は除く」など。誘惑が来たあとではなく、その前に決断が済んでいます。扉を開くのは、誘惑に直面した瞬間につくり出す例外です。たばこをやめる場合は依存があるので、事前に決めた例外も設けられません。年に一回であってもです。計画に加える医療の支援については、付録を見てください。

一度ルールを破ったらどうでしょう。章の初めに出会った声が言います。「もうだめにしてしまったのだから、どうなっても同じだ」。信じないでください。一歩越えたからといって線は消えません。もう存在しないと決めたときに消えます。次の機会に線へ戻り、試み全体を失敗とみなすことなく、何が起きたかを問いかけてください。

今週の小さな一本の線は、書いても守らない十本の線より大切です。いちばん切迫したルールではなく、いちばん簡単なルールから始めてください。そこでの成功が、難しいルールに向き合う前に、やり方を教えてくれます。

使うタイミング:誘惑の瞬間に自分に許す例外が、繰り返されるとき。所要時間:ルールを書くのに五分。試すのに一週間。

  1. 自分のあり方として言葉にする:「私は……をしない」。「私には……ができない」ではなく。
  2. 境界を明確にする:いつ適用するか。必要な例外があるなら何か。誘惑の瞬間ではなく、今決めます。「たいてい」「普段は」は境界ではありません。
  3. 必要になる前に言葉を用意する:「今回だけ」という声がささやいたら、こう続けてください。「私は今回だけについて決めているのではない。これからの同じような場面すべてについて決めている」
  4. 見える場所に書く:固定したメモ、財布の中のカード。頭の中だけに置かないでください。

転んだら:扉を開いた例外を記録し、次の機会にルールへ戻ります。その例外に、今週の残りを支配させないでください。

カリームは通りの突き当たりのごみ箱に、最後の箱を捨てました。通りにはほかに誰もいませんでした。部屋に戻り、カードに書きました。「僕はたばこを吸わない。夜の集まりでも」。財布に入れました。夕方、寮の若者が入口で一本差し出しました。カリームは言いました。「今日はやめておく」。若者は笑い、手を伸ばしたままで言いました。「今日と明日で、何が違うの?」。カリームは答えを探しましたが、見つからず、一本取りました。半分吸ってから、歩道の縁で押しつぶしました。

カードを読み直しました。明確な境界を書いたのに、「今日はやめておく」と言って、小さな扉を開いてしまったのです。「転んだら」の行を読みました。例外を起きたとおりに記録し、その下に、次の機会に言う言葉を書きました。翌晩、同じ若者が一本差し出すと、言いました。「僕はたばこを吸わない」。同室の学生には言いました。「毎晩、一から決め直すのはやめる」。カードを財布に戻しました。

夜に父から電話が来ると、カリームは勉強は順調だと言いました。カップの中でスプーンが鳴る音が聞こえました。それから父は、眠れているかと聞きました。「寝てるよ」と答えました。

最初のルール

線を引く前に、一つだけ質問です。最近、自分に許して「今回だけ」と言った例外は何ですか。そう言ったのは、初めてでしたか。

それから、この文を完成させ、毎日見える場所に書いてください。「私は……をしない。……のときでも」

その同じ夕方、リナは父の家の前で車のエンジンを止めました。腕時計には今日の歩数。隣の座席には薬の袋。鍵を指に挟んだまま玄関を見つめ、車を降りませんでした。

参考文献(4)
  1. 1McGonigal, K. (2011). The Willpower Instinct: How Self-Control Works, Why It Matters, and What You Can Do to Get More of It. Avery.
  2. 2Ainslie, G. (2001). Breakdown of Will. Cambridge University Press.
  3. 3Vaughan, D. (1996). The Challenger Launch Decision: Risky Technology, Culture, and Deviance at NASA. University of Chicago Press.
  4. 4Patrick, V. M., & Hagtvedt, H. (2012). "I don't" versus "I can't": When empowered refusal motivates goal-directed behavior. Journal of Consumer Research, 39(2), 371–381.