おわりに
五回鳴るアラーム
あの15分を覚えていますか。
上司が待っているから、あるいは講義室で名前を呼ばれるから、あなたが出席した予定です。そして、ほかの予定。閉じた本。玄関の靴。母親にかけると約束した電話。一つすっぽかすたび、自分の言葉が行動になるという信頼が、少しずつ失われていました。
一日15分を守れないのなら、残りの8時間を任せられると、どうやって人を納得させるのでしょう。これが上司の理屈です。外から向けられる限り、私たちはよく理解できます。
第1章では、一つの朝にアラームを五回聞きました。その合間に、夜に決めたことを先送りする手がありました。今、その光景が広がります。一日に散りばめられた五つの呼びかけ。どれも、手元のことを置いて立ち上がるように呼びかけます。一日五回の礼拝への呼びかけです。
あなたは同じ人です
礼拝すると約束するときも、歩く、読む、母親に電話すると約束するときも、あなたは同じ人です。だからここでは、これまでの約束と同じように礼拝を見ていきます。礼拝は、この本全体を最もわかりやすく示す例です。条件がすでに整った予定なのです。自分で選ばなくても時間が決まっています。始まりを告げる呼びかけがあり、立つ場所もあります。モスクでも、清浄な場所であればどこでも。五回の礼拝を合わせて、一日15分から20分。この本の始まりにあった予定と同じくらいです。
それでも、この予定が、私たちの破るいちばん大きな約束かもしれません。時間も場所も知り、呼びかけも聞いています。それなのに、この本の各章で見たのと同じ仕組みで、逃してしまいます。呼びかけが響くと「あとで」と言う。カリームの親指がランニングのアラームを止めたのと同じです。弁護士はもっともらしい理由を見つけます。今の仕事は待ってくれない。忙しい日は「今回だけ」という例外になります。一度礼拝を逃すと、「もうだめにしてしまったのだから、どうなっても同じだ」という声が聞こえ、次の礼拝も逃してしまいます。
第1章で、バンデューラの研究を通して、成功や失敗の経験が、自分には行動する力があるという感覚の源になると見ました1。一つの予定でつまずいたことが、人生全体への判決になるという意味ではありません。もっと的確に問うためです。約束するとき、あなたはどんな人ですか。今日、約束を守った記録に加えられる、小さな行動は何ですか。
礼拝を守るだけで、食事管理や勉強も続けられると言っているわけではありません。自制心の訓練がほかの領域へ移ることを示す証拠は、一様ではないからです2。以前の約束から始め方を学んだとしても、一つひとつの約束には、それぞれの行動と準備が必要です。
使うツールは、この本でどの約束にも試してきたものと同じです。条件が整っていても、代わりに足を動かしてはくれません。整える必要があるのは、あなたがそこへ行くまでの道です。どこにいるのか。何を置くのか。その前の作業に時間を飲み込まれないよう、どうするのか。
仕事の時間は守りながら、この予定を一日の余った時間に任せているかもしれません。第4章で「一週間の記録」を見たように、この差を見てください。言葉にして、次の呼びかけで何をするかを変えましょう。すぐに言い訳をせず、自分への判決も下さずに。
誰のための予定でしょう
上司との予定があるのは、上司があなたの仕事を必要としているからです。でも、私たちの礼拝をアッラーは必要とされません。﴿وَمَن جَٰهَدَ فَإِنَّمَا يُجَٰهِدُ لِنَفۡسِهِۦٓۚ إِنَّ ٱللَّهَ لَغَنِيٌّ عَنِ ٱلۡعَٰلَمِينَ﴾ そして(アッラーゆえに)奮闘する者は誰でも、自分自身のために奮闘しているに過ぎない。本当にアッラーはいかなる創造物(の行いや崇拝行為)からも、まさしく満ち足りておられるお方なのだから。(蜘蛛章:6)3。利益を受けるのは私たちです。この本で見るのは、その一面だけです。一日に五回、仕事や画面から立ち上がる。ほとんど丸ごと流されそうだった一日の中で、自分の選択を取り戻すことです。
一日を支える五つの錨
第2章では、小さな習慣を結びつける、揺るがない錨を探しました。朝のコーヒー。職場への到着。夕食の終わり。実は、毎日戻ってくる五つの錨が、ずっとありました。礼拝への呼びかけです。アザーンの時刻は、一年を通して太陽とともに動きます。でも、呼びかけは来続けます。合図は時計の数字ではなく、音です。自分のいる場所の時刻を確かめ、その前後を整えましょう。
ファジュルの礼拝のあとで勉強を始める。ズフルの礼拝に合わせて仕事の休憩を組む。アスルの礼拝のあとに歩く。マグリブの礼拝のあとには家族との時間を取る。イシャーの礼拝のあとに、一日を閉じる準備を始めることができます。
五つの錨を二十の約束で埋めないでください。守っている礼拝のあとに、一つの習慣を選びます。時間が来る前に本や靴を準備しましょう。礼拝が終われば、次の一歩がわかっています。
リナの新しい職場には、通りの向かいのモスクからズフルのアザーンが届きます。彼女の紙に光が落ちる、まさにその窓を通って。ラマダーンの間は、アザーンを告げる人が呼びかけを終える前に席を立っていました。イードのあとは、デザインの途中でアザーンが聞こえるようになり、心の中で「あとで」と言います。そのうち会議が入り、顧客から修正の依頼が来て、アスルの数分前に慌ててズフルの礼拝をすませます。目は時計に向けたままです。
そのことに気づいたのは、かつて帳簿を見直したように、自分の一週間を見直した日でした。朝の会議には一分も遅れていません。けれど、ズフルの呼びかけですぐに席を立てたのは、たった一度だけでした。イードのあとの冷蔵庫の紙を思い出し、新しいリストは書きませんでした。選んだのはズフルだけです。
日曜の朝、リナは大学時代の古いノートと鉛筆を机の引き出しに入れ、ズフルの数分前にウドゥーをしました。通りの向かいから「アッラーフ・アクバル」の声が上がると、ファイルを保存して、廊下の突き当たりの礼拝室へ向かいました。同僚の女性が尋ねました。「どこへ行くの?」リナは答えました。「十五分、すぐ戻る」。礼拝のあとも、会社のファイルには戻りませんでした。ノートを開き、アザーンが聞こえてきたその窓を描きました。
水曜日は会議が長引き、アスルの時刻が近づいていたので、会議を出てすぐ、これまでの週と同じように慌ててズフルの礼拝をしました。水曜日を一週間への判決にはしませんでした。木曜日には、最初の「アッラーフ・アクバル」でファイルを保存しました。週の終わりには、ノートに四つの窓があり、どれも違う光が差していました。
守った礼拝の一つひとつが、果たした約束です。守ることを重ねれば、自分の言葉が、自分の中で少しずつ重みを取り戻すかもしれません。立つと言って、立ちました。別のことを約束するときに、思い出せる行動ができたのです。
学んだことを、持ち帰る
約束するとき、あなたはどんな人ですか。第1部では、日時と場所と見届け人、揺るがない錨、交渉しない線、そして行動の記録。第2部では、友達の「明日」、弁護士、自分へのご褒美の甘いもの、受け継いだものの中から自分で選んだもの。第3部では、行動とその人への判決、怒りと言葉、浮かぶ考えと決断、自分にできることと自分にはどうにもできないことを、それぞれ分けました。第4部では、誰のために役を演じるのか、持っているのに見えないもの、自分に許す例外、あなたの代わりに選ぶ権利を求める人。第5部では、季節の行事から日々へ、画面から夕食へ、つまずきから次の予定へ進みました。
明日、最初の錨
明日の計画をどの礼拝から始めるか、決めてください。そこから、その後の礼拝へと、一日五回をつなげます。いる場所に応じた時刻、礼拝する場所、その前にやめる行動を書きます。礼拝のあとに小さな習慣を一つ準備しましょう。2ページ読む。10分歩く。
- 時間が来る前に、必要な本や靴を所定の場所に置きます。
- 呼びかけが聞こえたら、気分が変わらなくても、準備したことを実行します。
- 礼拝のあとに小さな習慣を行い、実際に何が起きたかを記録します。
- 転んだら: どのつながりが途切れたかを言葉にし、変えられるところを変えて、次の予定に備えます。
一つの約束の準備を日ごとに見直したければ、付録の「二週間の計画」に戻ってください。ここに書いたことから始めます。新しい約束を十四も背負う必要はありません。
イードのあと、父に招かれた土曜日に、リナは父の家へ来ました。家に故障がないのに父から呼ばれたのは、初めてでした。テーブルには小さな木箱が置いてありました。「ドライバーはどこ?」と聞くと、「今日は故障していない」と父。リナは座り、大学時代の古いノートをテーブルに置きました。ノートには、その週の四つの窓が入っていました。父は箱を閉じたまま、真鍮の錠を親指でなぞりました。台所の入口から香辛料の容器が見えます。ラベルには父の斜めに傾いた字。そのとき、自分が選んだものと受け継いだものを見直してから、ずっと抱えていた問いを口にしました。「お父さん、どうして私に会計の仕事を選んだの?」。「計算が得意だったからだ」。「それじゃ、質問の半分にしか答えてない」。父は微笑み、ポケットから小さな鍵を出しました。
箱を開けました。中には、先が固まった絵筆がありました。くっついているものもあります。リナが一本持ち上げると、もう一本も一緒に動きました。「最後の日に洗わなかったんだ」と父。二本を離そうとして、手を止めました。「こんなに何年もあって、洗う時間がなかったの?」。「私の予定表を作り始めるなよ」。リナは笑いました。父には、あの口調がわかっていました。
父は初めての仕事を語りました。あの人ほどぶれない手は、生涯見たことがないという男性のこと。その人は店名を描き、父には絵の具を混ぜたり、絵筆を洗ったりする仕事を任せました。ある日、その人が不在で、父が看板を丸ごと書きました。戻った男性は、その前に立ち、それからその日の賃金を渡しました。看板は何年もそこにありました。父はその通りを歩き、看板の手前で顔を上げるのが好きでした。
「そのあと、一人で看板を描いていた。一度、父が来て、袖についた絵の具を見た」。リナの手の絵筆を見て、言葉を止めました。「これは職業じゃない、と言われた」。「それで?」。「別の仕事を見つけてきた」。絵筆を指しました。「あの日、洗わなかったんだ」。台所でやかんが鳴りましたが、二人とも火を止めに立ちませんでした。
父は言いました。「誰にもそう言われないように、会計の仕事を選んだんだ」。リナは箱の縁に絵筆を置きました。「でも、お父さんが別の言い方で言ったよね」。父はリナを見て、立派な会社の話には戻りませんでした。リナは大学2年のときに描いたロゴのページを開き、ノートを父へ向けました。土曜の一時間は、いつしか十分で終わるようになっていました。今回は一時間以上、リナは父の家にいました。父は小さな受け皿にお茶を載せて持ってきました。リナが、絵の具を混ぜるのにちょうどよさそうと言うと、父は「持っていけ。たとえ、うちに残った最後の茶の受け皿でもな」。リナは空のコップを探し、ぬるま湯を入れて、絵筆を一本浸しました。何も約束しませんでした。水の中で筆を動かすと、古い色が溶け始めました。
実家から寮に戻ると、カリームは「父のためか、自分のためか」の紙をランプの下に置きました。数か月前、署名しないままにした行を読みました。ゲームをやめる時刻を「父のため」の欄から「自分のため」の欄へ移し、その下に書きました。「五回スヌーズせずに起きたいから、ゲームをやめる」。ルームメイトがベッドから聞きました。「終わった?」。「始めた」とカリーム。ペンを持ち、カリームと署名しました。それから礼拝時刻表を開き、明日の計画の最初の錨にズフルを選びました。場所と、その前にやめること、そのあとに読む2ページを書きました。財布から「僕はたばこを吸わない。夜の集まりでも」のカードを出しました。縁がすり減っていました。紙の横に置き、ペンにふたをしました。
寝る前に、カリームは夏以来初めて、かばんの前のポケットを開けました。妹が忍ばせた絵が入っていました。同じテーブル。青い男の子は大きくなっています。一年前に最初の絵を立てかけたように、ランプのそばの、机の上方に飾りました。机に携帯はありません。明日の計画はランプの横にあり、紙の下の署名は乾いていました。引き出しを開け、封筒を取り出しました。すり減った角を指でなぞり、端を裂いて、折り畳まれた紙を出しました。光の下で広げました。
古い紙でした。縁は黄ばみ、折り目は柔らかくなっていました。父の字ですが、冷蔵庫の予定表の字よりも小さく、少し頼りなく見えました。
一番上には「今年」。その下に三行。ランニング。毎月一冊の本。英語。
カリームが年の始めに携帯に書いたリストと、一行ずつ同じでした。
「ランニング」の横に、小さな印が十四。一つが一日の朝を表します。そのあとには、ページの最後まで、同じ丁寧さで描かれた空欄の四角が続いていました。
紙の下には、もっと新しいインクで一行。よく知っている父の字です。
「お前と同じ年の頃に書いた。誰も聞いてくれなかった。」
六つの言葉。カリームは一度だけ数え、それから妹の絵の隣、目に入る場所に、紙をランプに立てかけました。
朝、カリームはランニングの紙を壁から外しました。印もゼロもそのままに、父の紙の横へ置きました。二枚を一緒に撮って父に送り、写真の下に書きました。「日曜、六時。『走った?』って聞くよ」。
一分後、返事が来ました。「よくやった。」
カリームは携帯を手に、いつもそのあとに続く言葉を待ちました。
続きませんでした。
あなたの周りで、紙に書いたのに、誰からも聞かれなかった人は誰でしょう。今週、その人に一つだけ聞いてください。「でも」をつけずに。
扉は開いています
時刻ではなく、礼拝そのものに確信が持てないなら、問いを書いてください。それを聞き、知識と誠実さをもって答えてくれる人を探しましょう。まだたどり着いていない確信を、持っているふりはしなくていいのです。宗教の名で語る人に傷つけられたなら、その人から自分を守ってかまいません。その声から離れて礼拝を見てもいいのです。あの声のもとに戻る必要はありません。
立ち上がろう……百回目でも。
﴿فَإِنَّ مَعَ ٱلْعُسْرِ يُسْرًا إِنَّ مَعَ ٱلْعُسْرِ يُسْرًۭا﴾ 本当に、苦と共にこそ楽あり、本当に、苦と共にこそ楽あり。(開胸章:5–6)4.
預言者 ﷺは、アッラーに最も愛される行いは何かと尋ねられ、こう答えました。「少なくても、最も続けられるものです」。また、こう言いました。「自分にできるだけの行いを引き受けなさい」(ブハーリー 6465)5.
参考文献 (5)
- 1Bandura, A. (1977). Self-efficacy: Toward a unifying theory of behavioral change. Psychological Review, 84(2), 191–215. DOI.
- 2Friese, M., Frankenbach, J., Job, V., & Loschelder, D. D. (2017). Does Self-Control Training Improve Self-Control? A Meta-Analysis. Perspectives on Psychological Science, 12(6), 1077–1099. Source.
- 3聖クルアーン、蜘蛛章:6。 節の本文.
- 4聖クルアーン、開胸章:5–6。 節の本文.
- 5ブハーリー『真正集』、ハディース6465。アーイシャの伝承。真正。 ハディースの本文.