第8章
受け継いだだけで、選んではいない
あなたの信念は、あなたのものですか……それとも父親のものですか。
秋も終わりに近いある夜、カリームは寮の机につきました。家から持ってきたルールを仕分けるためです。どれが自分のもので、どれが父だけのものなのか。
引き出しを開け、父の封筒を取り出しました。そこにしまって以来、初めてです。手の中で裏返しました。中には、ほかのルールがあるのかもしれません。開けずに、引き出しへ戻しました。今夜は、知っているルールだけで十分です。
白い紙を取り、上に「父のためか、自分のためか」と書きました。長い線を引き、「父のため」と「自分のため」の2つの欄に分けました。
「父のため」の下に、迷わず書きました。「ゲームをやめる時刻:10時」。家の冷蔵庫の予定表にあった、父のルールです。その下に、もっと小さなルールも手早く加えました。
次はランニングです。これは、間違いなく自分のもの。ルームメイトと決めました。毎週日曜、朝6時。記録の印は、机の上に貼ったランニングの紙にあります。「自分のため」の欄へペンを伸ばして、手を止めました。毎週金曜の朝、父が部屋の扉をたたいたことを思い出しました。「起きろ。体を動かせ」。何年も父はそう言い、カリームは布団の中でうんざりしていました。
自分で選んだランニングは、父が求めていたことでした。父のところで始まり、自分のものになっていた。今夜まで、それに気づきませんでした。「ランニング」を、境界の線の上にぴったり書きました。半分は「父のため」に、半分は「自分のため」に。
紙の下には署名用の行を空けました。ルールの置き場所が全部わかったら、署名するためです。でも、署名はしませんでした。ゲームをやめる時刻は、まだ「父のため」の欄にあります。それをどうすればいいのか、まだわかりませんでした。
あなたも、書かないまま「父のため」の欄を抱えているかもしれません。
なぜその専攻を選んだのか、書類に記入します。手が止まります。自分で選んだ瞬間を思い出せません。思い出すのは、ほかの誰かが確信していて、自分は同意したこと。ありきたりの文を書き、本当の問いには答えないままにします。
今あなたが抱える信念のうち、最初に誰が手渡したのかわからないものは、いくつあるでしょう?
オスカー・ワイルドは『獄中記』に書きました。「ほとんどの人は、ほかの人なのだ。その思考は誰かの意見であり、その人生は模倣であり、その情熱は引用である」1.
抱えているものの中には、押しつけられたために、抵抗するようになったものがあります。静かに届いて、自分の選択だと思い込んだものもあります。どちらにも、同じ問いが残ります。その決定の中に、あなたはどこにいますか?
アダム・グラントは、著書THINK AGAIN 発想を変える、思い込みを手放すで、恐れずに信念を見直す価値を論じています。自分の考える力への自信を保ちながら、自分の意見を疑う力を「自信を持った謙虚さ」と呼びます。隠すべき弱さではなく、学べる技能だと考えています2.
冷蔵庫の予定表
カリームの家の冷蔵庫には、父のまっすぐな字で書かれた予定表がありました。最後の行は、「10時。画面を消す」。8歳のとき、その前に立ち、「どうして10時なの?」と聞きました。父は「私がそう言ったからだ」と答えました。その日から、ルールについて「なぜ?」と聞くたびに、同じ答えが返ってきました。やがて、聞かなくなりました。父の「よくやった」のあとには、必ず「でも」がつきました。
父が起きている間、カリームは10時のルールを守りました。実家で過ごした最後の数年には、父が眠ってから、こっそり30分ゲームをするようになりました。それ以上のこともありました。そして寮へ。冷蔵庫も予定表もありません。最初の数週間は、窓に朝の光が見えるまで夜更かししました。父には、何年も見えていなかったことがあります。毎晩目の前にあった静けさを支えていたのは、息子の納得ではなく、父自身がそこにいることだったのです。
自由を見張る目は眠りません。自由が脅かされていると感じると、人はそれを取り戻そうと動きます。自分にとって最善のことと逆をすることになっても。心理学者ジャック・ブレームは、この傾向を「心理的リアクタンス」と名づけました3。人の選択を締めつけるほど、禁止されたその選択への欲求が強まります。なぜ、そうなるのでしょう。禁止された選択のほうが優れているからではありません。脅かされた自由の象徴になったからです。
父は息子を心配して、自分が育てられた方法でそうしたのかもしれません。あなたが誰かを育てているなら、理由を説明し、質問の余地を残してください。あなたがそこにいるだけでは、相手の納得は育ちません。
これが、第1章で欠けていた「内的調整」です。誰かが見ているからではなく、自分の一部になったから続く約束です。
今あなたが、成長したその息子なら、受けた傷を言葉にし、それに境界を設けてかまいません。自分の決定を取り戻すために、責めるところで立ち止まる必要もありません。静かに問いかけてください。理解したから、今も守っているルールはどれか。怖いから従っていただけで、最初の機会に手放したルールはどれか。
出来上がったまま受け取る自己像
心理学者ジェームズ・マーシャは、エリクソンのアイデンティティ理論を発展させました。そして「早期完了のアイデンティティ」を説明しました。ほかの可能性を探索せずに、価値観や進路、職業に強く関与することです。多くの場合、親や周囲が選んだものを、そのまま受け入れます4.
これに対するのが、「アイデンティティ達成」です。同じ価値観への関与であることもあります。でも、ほかの可能性を実際に探索したあとの関与です。外に現れる結果は、まったく同じに見えるかもしれません。内側の確かさは、大きく違います。
縦断研究と横断研究、100を超える研究をまとめたレビューでは、こうした状態は運命ではないとわかりました。何年も同じ状態にとどまる人も多く、移る人も多くいました。後戻りするより、より成熟した探索と関与へ進む移行のほうが多く見られました5。見直すために、危機が起きる必要はありません。問いが1つあれば十分です。
会計表の前での問い
リナは、高校生のとき、父が彼女の専攻を会計に決めた日を思い出しました。その日、父は「堅実な職業だ」と言いました。
父は彼女の考えを詳しく聞きませんでした。彼女も、自分に聞きませんでした。
大学に入り、卒業し、会計担当者として働きました。生まれる前から、道が描かれていたようでした。
水曜日の授業に戻ってから、ある日リナは会計表の前で手を止めました。
単純なのに、胸を突く問いを自分に投げかけました。「今日、ゼロから選べるとしたら、これを選ぶだろうか?」
すぐには答えが出ませんでした。自分の仕事が嫌いなわけではありませんでした。
でも、16歳のときも、そのあとも、一度もこの問いを自分に向けなかったと気づきました。
表を待つ同僚へ目を上げました。いつものように、数字が書き終わる前に間違いを見つけました。セルを直し、ファイルを送り、それから小さな紙に問いを書きました。父に電話はしませんでした。紙を折り、かばんに入れました。
では、受け継いだものは全部間違っているのでしょうか。まったく、そんなことはありません。受け継ぐものの多くは、正しく、美しく、そのまま残す価値があります。問題は、その出どころではありません。一度も自分で確かめなかったことです。本当に自分が望むものなのか。それとも、ほかを見たことがないために、ただ慣れたものなのか。
リナの友人は、母がそうしていたので、月曜日と木曜日に断食していました。リナに理由を聞かれ、友人は、自分は断食の意味よりも、曜日のほうをよく知っていると気づきました。そこで由来と意味を尋ね、理解の助けになるものを読みました。次の断食は、もっと大切に感じられました。どう断食するかだけでなく、なぜするのかを知ったからです。行動は同じまま。それを語れる理由が、自分のものになりました。
道を開く問い
預言者たち章で、イブラーヒームは父と民に、彼らが付ききりで崇める像について尋ねます。彼らは、先祖がそれを崇拝していたからだと答えます。イブラーヒームは、その答えで問いを終えません。本気で言っているのかと聞かれると、彼らの主は、天地を創造した天地の主だと答えます6.
別の場面、雌牛章では、アッラーがどう死者を生き返らせるのかを尋ねます。信仰について問われると、信じていると明言し、心の安らぎを求めていると述べます。そして、行動を伴う答えが与えられます。4羽の鳥を取り、命じられたとおりにします7.
どちらの場面でも、問いは、言って終わる言葉ではありません。前者では、先祖の影響から、信念を支えるものへ話が進みます。後者では、信仰を明言する信者が、理解を求めています。
この章のツールが求めるのは、問いを言葉にして確かめることです。誰かの前で、納得した姿を演じることではありません。
﴿رَبِّ أَرِنِي كَيْفَ تُحْيِي الْمَوْتَى قَالَ أَوَلَمْ تُؤْمِنْ قَالَ بَلَى وَلَكِنْ لِيَطْمَئِنَّ قَلْبِي﴾ 「我が主よ、あなたがどのようにして死者を生き返らせられるのか、私にお見せ下さい」。かれ(アッラー)は仰せられた。「一体、あなたは(まだ)信じていないのか?」彼は申し上げた。「いいえ、(ただ)自分の心が(確信で)安らぐために、(それを見たいの)です」。 (雌牛章:260)。
問いは、信念を強めることも、その一部を正すことも、もっと知る必要があると明らかにすることもあります。確かめる価値は、その誠実さと、根拠の質にあります。どの意見も元のままで戻ってくることにあるのではありません。
二度目の署名
受け継いだものを自分のものにするために、すべてを拒む必要はありません。押しつけられたというだけで、拒む必要もありません。決定と、それが自分に届いた方法を分けてください。理解し、それから自分の手でもう一度署名します。
使うタイミング: 誰がルールを選んだかは覚えていても、なぜ自分が守っているのかわからないとき。
所要時間: 信念1つに10分。そのあと1週間で、具体的な問い1つと、確かめられる情報源を。
- 文書を読む: 子どものころから抱える信念か習慣を1つ選びます。誰が手渡しましたか。理解して受け入れましたか。それとも、怖かったからですか?
- 問い、確かめる: 今日、圧力なしに選べるなら、それを選びますか。理由を尋ねます。選択肢のある決定なら、別の可能性を1つ、真剣に調べます。命じた人を拒むことだけを、答えにしないでください。
- 納得したら署名する: 「これを選ぶのは……だから」を完成させます。問いが残るなら、理解しないまま署名せず、その問いを言葉にして答えを探します。
転んだら: 問いを1つに戻します。受け継いだものすべてを、一度に決着させないでください。その人への怒りを、問いの答えにしないでください。
次の夜、カリームは紙に署名しようとしました。脇の紙に名前の最初の文字を書いてから、確かめると決めたルールに戻りました。ゲームをやめる時刻です。ルームメイトに言いました。「父さんに命じられてたから、拒んでる」。ルームメイトは聞きました。「朝の講義は?」。
「転んだら」の行に戻りました。ゲームをやめる時刻以外のルールを、手のひらで覆いました。その下に、「5回もスヌーズを押さずに起きたい」と書きました。さらに、必要な睡眠時間についての問いを。署名はしませんでした。今度は、ルール全部を父の欄に置き去りにせず、問いを残しました。「理由を理解して選ぶ。父さんに逆らうためじゃなくて」と言いました。
水曜日の夜、授業の前に、リナはノートに書きました。「仕事の中から、好きなものを選ぶ。残りについては問う」。夫が「その言葉、誰のため?」と聞きました。書いたものを読み、「今は、自分のため」と答えました。父に電話はしませんでした。その下に、口にしていない問いを書きました。「お父さん、どうして私に会計の仕事を選んだの?」。問いのページを閉じ、授業のページを開きました。
あなたの名の文書
子どものころから抱える信念を1つ選び、自分の手で文を完成させてください。
「私は……を、……から受け継いだ。今日、その理由を確かめてみると、……とわかった」。
1週間後、もう一度その文を読んでください。何を理解しましたか。何にまだ答えが必要ですか?
「誰も見ていないときにも守りたいルールは……。その理由は……」。
冬の最初の寒い夜、カリームは10時を過ぎてからゲームを開きました。署名のない紙が、照明の下にありました。ヘッドホンを耳につけると、頭の中で短い一言が、父の声で聞こえました。
参考文献(7)
- 1Wilde, O. (1905). De Profundis. Project Gutenberg.
- 2Grant, A. (2021). Think Again: The Power of Knowing What You Don't Know. Viking.
- 3Brehm, J. W. (1966). A Theory of Psychological Reactance. Academic Press.
- 4Marcia, J. E. (1966). Development and validation of ego-identity status. Journal of Personality and Social Psychology, 3(5), 551–558.
- 5Kroger, J., Martinussen, M., & Marcia, J. E. (2010). Identity status change during adolescence and young adulthood: A meta-analysis. Journal of Adolescence, 33(5), 683–698.
- 6クルアーン、預言者たち章、51–56節。クルアーン本文.
- 7クルアーン、雌牛章、260節。クルアーン本文.